私は昭和38年7月5日に大通寺で生を受けました。様々な心の葛藤があり住職となりました。子供の頃は、自分が走り回って遊んでいた山を樹木葬の墓地にするとは夢にも思っていませんでした。確かに子供の頃から色々な樹木や鳥たちの様子や野に咲く花などが大好きだったのは事実です。また、静かな里山にいると妙に心が落ち着くような感じもしました。10年ほど前に岩手のお寺が樹木葬を始めた事を知って、自分も始めてみたいと思いました。
市原南霊園を樹木葬専用の霊園として開園してから四季と言うもの季節の移り変わりをより強く感じるようになりました。管理上、雨の日も風の日もほぼ365日園内の見回りをしますが、1日たりとも同じ景色であることはありません。本当に季節の移り変りを樹木の葉の茂り具合や草花の咲き具合や鳥の鳴き声や虫たちの様子を見て真に実感しています。管理するために樹木の手入れや下草刈りを年中行っていますが、一年間の様子をご紹介します。
前回、比較的、安価にご利用できる樹木葬墓地を作成中と書きましたが、完成しましたのでその概要をご紹介します。「樹木葬を考える」と言うよりも新しく作成した樹木葬墓地の宣伝になってしまうと思います。市原南霊園の樹木葬は、本当に里山の一部(一部と言ってもかなり広いです。)に区画を作り、市原市役所から許可を得た、自然そのままの環境の中にある本来の樹木葬墓地です。樹木葬専用の霊園にしましたので、従来のお墓はどこにもありません。
数回に渡って樹木葬を作った目的について書きました。その一つに荒れた里山を再生して昔の美しい里山に戻して、お越しになった方たちが、景色や吹く風や鳥たちのさえずりを肌で感じて心を癒していただける様な場所を作りたい。大げさに言えば、私が寺の息子としてこの世に生を受けたのは、仏教の教えを広めるためであると思います。その一つに諸行無常と言う事を里山の四季を通してお伝えしたいと考えたと前回に書きました。
前回までに何度も書きましたが、樹木葬の一番の特徴は、ご遺骨を土に埋葬して自然に還すことです。人は生きる上で様々な植物や動物の命を食事と言う形でいただいて生かされています。人がその一生を終えた時に土に還り、今度は他の植物や動物たちの糧となることは、自然なことであると思います。樹木葬に植えられた樹木の糧となり、その樹木が咲かせた花や実は虫や鳥たちの糧となります。
樹木葬を考える1から4でも書きましたが、一口に樹木葬と言っても現在、様々なタイプがあることをお分かり頂けたかと思います。大別すると「都市型タイプ」と「里山型タイプ」があると述べましたが、両タイプともお骨を土に還すと言う点では共通していると思いますが、使用する上で細かな点は、霊園ごとに特色があります。
ここまでの「樹木葬を考える」で書きましたように私が市原南霊園を作った目的は、放置されて荒れてしまった里山を昔の美しい里山に戻し、維持して行くこと。(天徳寺様や真光寺様など多くの里山型霊園が目的にしています。)
今回は、樹木葬に関する利点と問題点について述べたいと思います。現在、様々な形態のお墓がありますので樹木葬を検討されている方の参考になればと思います。最初に樹木葬は現在、大きな括りとして自然葬の一つに上げられています。
前回は、樹木葬はお骨を土葬する埋葬方法で、その方法自体は昔から行われていたこと、里山を保全すると言う意味においては、すばらしい発想であることを書きました。前にも当霊園のブログに書いたと思いますが、現在において、里山を保全することは大変に難しいことだと思います。
「樹木葬」と言う名称の埋葬方法が始まって約15年程度であります。現在、私(大通寺 住職 機道俊明)が樹木葬について考えている事柄について数回に分けて考察してみたいと思います。